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2月9日(日)に行ってきた♪
流行り病のせいで日曜日の美術館とは思えない空き具合でした。



 ↑ 入口へ向かう階段脇




 ↑ 美術展の最後に設けられている撮影OKスペース


12年前に血迷ってフェルメール展を観てしまい、結構大規模に開催したハンマースホイ展(当時の呼び名はハマスホイじゃなかった)を諦めてしまった苦い思い出!
奥の国立博物館で大琳派展を観てフェルメール展とハンマースホイ展どちらかを観てその後、両国で仙台貨物のライヴというハードスケジュールだったなぁ。しかも雨降って物凄く寒かったし。
フェルメールが実はそんなに好きでもなく、ただそう思うからにはきちんと本物を観ておこうじゃないかと思った……だけにしておけば良かったのよ私ったら。

何はともあれようやくハマスホイの絵を観ることできて感無量。 
12年前に初めて知った画家は、昨日までの間にすっかり大好きになってしまって、去年展覧会が開催されるのを知ったときは本当に嬉しかった。

因みに昨日行ったのは決してKAMIJO様のインストに合わせたわけじゃなくてたまたま美術展の開催期間中にインストがあっただけなのよ(꒪ཀ꒪)ウフフ
『TEMPLE』のインストは先月しっかり参加したし、その時チェキもご一緒していただきました。(着物を着るならどうして前もって言ってくださらないの?と旦那さんの支度を妻が必死にしたものの、妻はもう面倒くさいから洋服で良いかという結果になった夫婦の写真のようなチェキになりました。私だけじゃなく洋服参加の方はみんなそう)

そんなわけだからして昨日は、KAMIJO様のお話だけでも聴きたいなとかお目にかかれるだけでも良いかなと思ってタワレコ渋谷へ行ったのになんか気が付いたら通常版だけではあるもののCDを買い、ややしっかり参加したインストでありました(通常版は握手だけだからね)

今回は3日間家に帰れなかった月初。その直後のインストだったから精神力が本当にもう……
でもKAMIJO様のお陰で少し元気も回復した

と、いうハマスホイ展であった。 草臥れたけど楽しい一日だったから幸せ✨

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KAMIJO Live Tour 2018 -Sang- Act II
籠城型公演「TOKYO BASTILLE」@青山RizM



-2018年08月09日(初日)-
・SE:Emblem
・TOKYO BASTILLE
・サンクチュアリ
・Dying-Table
・Vampire Rock Star
・Sacrifice of Allegro
・mademoiselle
・追憶のモナムール
・闇夜のライオン
・Heart
・Castrato
・BASTILLE
・SE:Emblem
・Theme of Sang

-EN-
・私達は戦う、昨日までの自分と
・Audrey
・Moulin Rouge
・片手に夢を持つ少女
・Vampire Rock Star(2回目)
・SE:Throne
・SE:Theme of Sang
(※セトリはいつも通りその辺かr……)


本部のきつめのお姉さまとジョージの無線連絡をEmblemに乗せてライヴスタート。
今回の衣装は、ノーブルな感じじゃなくて軍服!軍帽が素敵過ぎる。なんというズルい衣装。

『TOKYO BASTILLE』から『Sacrifice of Allegro』まで、指揮官KAMIJO様に「もっとこっちへ来れるだろ?」とか「思いっきり振って行け!」とか言われながら激しいのがぶっ続け。なんか箍が外れまして、本気のヘドバンなんかもしてしまったりした隠居ギャの私は、4曲終わって既に白目を剥きそうになる。頭を振った所為ばかりではなく、なんか暑くない?始まる前から感じていたけども。まさか空調がイカれているのでは?蘇る2004年ALL BURST@横浜club24の一日目……ォォォあの日は前から水が回って来たっけな。

『mademoiselle』で少し落ち着いて美しい旋律に身を委ねるひと時。
父葬儀後、初のライヴだった本日。激しい曲じゃないから、モノを考える時間があったのである。この曲の時に「ライヴに来られるって幸せだな」と、しみじみ思う私。
このSang の本筋のツアーは、7/15がグランドフィナーレだったのだけど、当日に父が他界した為に行けなくなってしまい、二重の悲しみを味わったからな。もう二度と後悔しない為に、行ける所はしっかり行く事を胸に誓った。

KAMIJO様が「こっちへ来い!」を連呼するものだから、ちょいっと前へ行っちゃったYO!まあ、でもさ、ソールドアウトしているのに客席まえ半分がガラッと空いたり、人が吹っ飛んだりするような事態には陥らないから、激しくても安全は確保されていると思う。
「あと一歩前へ」って言われるのは嬉しい事だよ。“激しいながらも安全なライヴ遂行”に於いて、客が信頼されているって事だから。

闇夜のライオンで「腹から声出せ!」って言われて、部活の特訓かな?みたいな気持ちになったりしつつ、『Heart』からは砦の心臓部へ突入する。この曲もそうだし、『闇夜のライオン』も激しさと美しさが好い具合に絡まるところが好き。『Castrato』は本当にカッコよくて好きだし、KAMIJO様の曲は好きな曲しかなかったりする。自分が本当に好きな音楽ってこれだなというのに気付かせてくれたのがKAMIJO solo worksだ。あー、まずはLAREINEだったりVersaillesだけど、絶対にソロの方が好きだね。

『BASTILLE』は燃えた!燻っていた火種が爆ぜたわ。私、こんなに暴れたのは多分、あきんのRESONANCEツアー以来だ。10年……いや、11年ぶり?…………えー……ヘドバンとか、11年してなかったんじゃないかな。Sang@宇都宮は、2列目で左右後ろから揉まれる状況だったから、ヘドバンらしいヘドバンはしていなかったしね。
燃え尽きた。全力で色々解き放ったと思う。

ここでジョージが応答不能に!一体どうしたんだジョージ……彼と共に我々は、バスティーユの中に閉じ込められてしまったらしい。
Sangの美しいメインテーマ『Theme of Sang』で本編の任務は完了。

アンコ。
フランス語で有難うのご挨拶(多分丁寧なやつ?)を客席にしてくれる。可愛い。
MASASHIさんがグッズのアイマスク(KAMIJO様の目がプリントされている)を付けて登場。自分がつけるとどうなるのか疑問が湧いたらしい。ご自身の目がプリントされたアイマスクをしてみるKAMIJO様。白かったらしい。まあ、白いよね。あのアイマスクは人間の肌の色じゃないよね。

より良い新たな作品を生み出す為に、過去の楽曲たちと闘い、その最強の曲たちを倒すというのが、今回の籠城型公演「TOKYO BASTILLE」。
バスティーユは要塞という意味があり、過去の作品が要塞の砦のようで、それに勝つのは毎度大変なのだけど、Symphony of The Vampireは特に大変だったそうだ。カストラートでSymphony of The Vampireに辿り着けた感があり、Sangで更に一歩前へ。そして今、あと一歩で越えられるかなというところらしい。
従って、指揮官KAMIJO様と部隊ジョージに本部のきつめなお姉さま、そして我々羊部隊で砦を破壊するというのが今回重要任務となっている。だから隠居ギャも真剣に取り組んだわよ。

先日までは、初音ミク嬢が歌っていたKAMIJO様の『私達は戦う、昨日までの自分と』を
ミクちゃんよりもキーが下がっている事を若干気にしながら披露してくれた。KAMIJO様の声で聴きたかったから、セルフカバーは大変嬉しい限り。この曲可愛いんだ。これを歌うKAMIJO様も可愛いんだ~♪そして歌い終わって息が上がったりする。

KAMIJO様にとって、「とても大きな意味のある楽曲」と仰って披露してくださったのは『Audrey』。この曲は、夢現の中に自分が居るような気分になるんだ。
今回天井を使ったライティングアートがところどころ入るのだが、この曲の時綺麗だったな。
ふわっとした曲から一転してオシャレ楽曲『Moulin Rouge』では、アン様とMekuちゃんにセクハラをしまくるKAMIJO様でした。もっと沢山触ってあげてください。
コレが僕たちの夢の続きだ!と『片手に夢を持つ少女』。清々しい曲でとても好き。ここら辺から「先へ行こうぜ!」と言ったりしていて、私の涙腺の雲行きが怪しくなる。

青山RizMは初めて来た箱。ここは渋谷クアトロみたいに変なエリアがある。「若干ここからここは不思議な空間だけれどお前達も仲間だ!」と、これまた不思議な煽り方をするKAMIJO様。内輪の友にしか通じないけど、「そっちー!!」を思い出すわ。
「この6日間でお前たちの事、めちゃめちゃにしてやるぜ!」と二度目の『Vampire Rock Star』!隠居ギャ最後の力を振り絞り、もう何も残っておりませぬ。

メンバー紹介では、部隊のジョージと本部のきつめなお姉さまも、指揮官隊長KAMIJO様にちゃんと紹介されるwきつめなお姉さまは、エヴァの赤城さんみたいなのを想像しています。

「みんなにも沢山の良い思い出があると思います」と語り始めるKAMIJO様。先程涙腺に不安を覚えたものの、今日が涙に濡れるライヴになるとは思わなかったんだ。
「その良い思い出を僕は超えたい」と。「これからも一緒に夢をみてくれるか?」と。
もうこの辺りで私の涙腺は決壊する。ハンカチをホテルに忘れてきてしまった為、流れる涙をどうにも止められなかったじゃない!
「隣の見知らぬ人と手を繋いで」と言われ、和んだ空気に会場が包まれる中、ステージでも横に5人が並んで手を取り合っていました。
「全員で手を取り合って、同じ目標を持って、最高の未来を描きたい」という言葉がとても嬉しかった。指揮官KAMIJO様の「跳ぶぞ!」の合図。Vive le Roi!で皆で跳んで、一つ目の砦破壊は任務完了!

終演のSEとして流れた『Theme of Sang』だったのだけど、途中までKAMIJO様と皆で歌って、此処で本当に本日のライヴは終演。
要塞公演、まだ初日だというのに、既にファイナルのような完成度と感動に包まれた夜であった。本当に良いライヴだったよ。

先程のMCの所為で涙がとめどない為、Sang TOKYO BASTILLE版のタオルを結局買う私。最初のSangタオルを持ってるから、今回は買わなくても良いだろうかと思っていたけど、買わないと泣いたまま地下鉄に乗らねばならなくなるからな。今治産の柔らかさが頬に優しい夜だったわ。

先月、薄桜鬼筆ペンなるものが発売になったので購入。
デザインもキャラクターグッズ感が無く、薄桜鬼を知らない人からは『綺麗な和柄デザイン』で通りそうなものだった為、購入に至りました。

全キャラ買ってしまいたくなる程だったけれど、そんなに何本もあったって仕方ない。
けど、悩む……という葛藤。一先ずは、沖田さんと副長の筆ペンにしました。

 

買って良かった。綺麗な筆ペンで大変満足。まだ筆下ろしをしておりません。
筆下ろしを何時しようかなと思い、パッケージを眺めていたところ目に留まったのだ。



筆先原寸大の写真の位置。何故敢えて此処なんだ。
見れば見るほど卑猥に見えてくる。私ったら、なんて心の腐った大人になってしまったのかしら。
なんかもう、むしゃくしゃしたからやった。筆先にモザイクッ!



サムネをクリックしたところで、パッと見解かり辛いかもしれないが、私のPCにはもっと大きな画像が保存されています。しょうもない事に時間を割いた、などと後悔はしていない。

メア@仙台行きを、また急に決めた私です。3月上旬にやっていた締め処理(2月末締め処理)の時にね、心身共にヨレヨレだったわけなんだよ。そんな時にフラッと立ち寄ったファミマに笹かまが売っていてさ、そんなの見たら仙台を思い出しちゃうじゃない。
笹かまをむしゃりながら仙台行きたい病を発症し、間も無く3.11から3年だね。これは復興支援の為にも仙台へ行かねばならない。そう思っただけなんだ。決して、メアのライヴがあるなーとかいう欲望に負けたわけではございません(棒読み)。


新譜も出るという事で、インストが色々と発表されているのは知っていたんだけども、「まあ、そこまではいいかな」と思っていた筈でした。思っていたんだけども、仙台のライヴに行くなら、前日のインストも土曜日で仕事は休みだから参加しようかな。なんて、どうして思ってしまったのだろうか。
多分、相当疲れていて気の迷いとかでしょうかね。いそいそとリトルハーツ仙台店でアルバムを予約し、通販ならイベント当日に参加券引換えで良いと言うので、そういう手筈で参加する事にしてしまったの。


折角行くのだから観光もしようという事で、最高に楽しかった、あきん週末パラダイスの時に気付いた桜の名所、大河原⇔船岡に降り立って花見をする予定も立ててみる。
ネットで満開の時期を調べていたら、今回の仙台行きに被るかなーと思ってさ。ところが一週間前には満開を迎えてしまったようで、既に花も半分ぐらい散っているらしい。今回は見送る事に。
ようやく見る事が叶うかと思ったんだけど残念。夕方の事を考えると、花見をする精神的な余裕など、どこにもない私ではあったけどな。嗚呼……_(´ཀ`」 ∠)_
琉華には「あきんでさえアレなのに」だの「瑠樺さんをあきんだと思えば良い」だのと言われ、「背後から見守る気持ちで応援してる」と別の友には言われ、離れていても支えてくれる友人達、本当に有難過ぎる。
あまりの緊張感で吐きそうになりながらも、何とか行ってきたわけです。吐くのは、己の想いだけにしておけよ。なんつってなwww


私の事をよく知る友には言うまでも無い話だが、勿論誰とも話せずに帰ってきました。己の想いなど吐けるわけねえだろうがぁぁぁーーー( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーン
どうして皆、あんなに顔を見て喋れるのでしょうか。いつもいつも摩訶不思議過ぎて白目剥いちゃうよ。
己の所へ順番が回ってくる間に麺様方の姿が垣間見えてね、わりかし良いお年頃のクセにそれだけで脳内が逼迫する駄目な私です。幾つになっても慣れないものはあるんだよ。
あと、薄っすら心配していた事。瑠樺さんがちゃんと居るのかどうかという、だいぶ根本的な問題。
インストには、たまに居ないみたいなのでね。札幌から全員仙台に帰ってくる。翌日ライヴ。メンバー地元という要素が揃っていても居なかったら悲し過ぎると、グダグダな心配を他所に、ちゃんと居ました。良かった。


握手の前に私服の事でも書いてみるかな。
黄泉たん→覚えてません。
ひっつん→覚えてません。眼鏡。ついったで目が痛いって言ってたけど、眼帯しなくて済んだんだね。
咲人さん→黒の皮ジャケ。帽子は被っていたっけ?忘れました。けど、一番好みの服装。
新弥さん→ブルーグレーのTシャツにジーンズ。あと眼鏡。
瑠樺さん→覚えてません。髪はサラサラ。服は黒い。大体、全員黒っぽいけどな。
書き出してみたら、私服の事など殆ど覚えていなかった。気が動転している為、そういう事を細かく覚えていられる筈がない。


さて、僕と握手です。ふわふわな手(←あきん)に慣れている所為で、基準がふわふわかどうかしかないんだが、5人ともそんなにふわふわではなかったように感じます。ひっつんが、ほんの少しふわふわ感があったかな。5人とも体温低めかね?
並びは、黄泉たんから瑠樺さんまでパート順なので、最初は黄泉たんです。無言の私にかなり戸惑っているようでした。本当にごめんよ。戸惑いつつもそっとしておいてくれて有難う。
黄泉たんは、ちゃんと夜寝てください。言いたい事はそれに尽きる。言えてないけどな。
ひっつんも黄泉たん程ではなかったけど、無言激な私に少し戸惑い気味だった。喋れなくてすまん。
咲人さんの所で、私の前の方がまだ喋っていたのと、黄泉たんの所でまだ喋っている方が居たのとで、ひっつんと私に微妙な間が出来てしまう。そんな時にひっつんと何だか目が合ってしまい、大変気まずかったので、「目は大丈夫ですか?」と言ってみたら頷いてはいたけど、ちゃんと聴いていたのかは、ちょっと解らないな。
咲人さんは、むっちゃ可愛かったYO!人の顔をよく見て握手してくれるんですね。恥ずかしいので、そんなにじっくり見ないでください。咲人さんは慣れているのか、無言に抵抗はあまり無いらしい。それにホッとした。
新弥さんは、近くで見ると本当にカッコイイ。スタイルが良い。次!次!(←瑠樺さん)本当にどうしたら!と、脳内がパニくっている間に握手終了。すみません、新弥様。
その「次」でございます。瑠樺さんも、咲人さん並みに人の顔見るんですね。ちゃんと目は合わせる事、なんとかできた(ヽ´ω`)瑠樺さんも慣れているのだろう。無言な私に向けてくれる笑顔は、とても優しかったです。「瑠樺さんの事が大好きです」と、心の中では言いました。口には出していないので、全く伝わりませんね。フゥ~フゥーッ♪(← 『-TRUTH-』のコーラスで)嗚呼………_ノ乙(、ン、)_

多分、一分ぐらいで全員に握手を頂いたのかな。それだけの事なのに、灰になる程の気力を使ったと思う。一応、全員のお顔を見て目も合わせましたし、無言でも笑顔だけは絶やさなかったよ。目はちっとも笑っていなかったかもしれないが。喋れないなりに、物凄く頑張ったんだ。

灰になった後は、一人お疲れ会を8年ぶりのサライで開催。また来たいと思っていた所だったし、ちょうどフォーラスの斜め前だったからな。これは行くしかない。そして一人で5000円分も呑んでしまう……山椒唐揚げ以外は全て酒というね。予定では、半分ぐらいで止めてホテルに帰る筈だったのに。
サライでおしぼりを手渡され、瑠樺さんの温もりごと普通に手を拭いてしまった残念な私です。拭き終わってから( ゚д゚)ハッとしても遅いYO!
緊張感で吐きそうな想いをしても、生きている内に触れ合えて良かった。と、思う……仙台でだったら、また参加しても良い、かな。

明日はライヴ本番DA☆ギャ筋は、大して鍛えられませんでした。背中の事は、ギャ筋の問題ではないんだけどね。身体の都合で棒立ち参戦だけど楽しみにしてる。

とか、結露に悩む家だと、そんなロマンティックな事は言っていられなかったりする。
でも窓辺でそれをやっている瑠樺さんを想像して萌へたのも事実。スマソ。
ちょっと遊んだらさ、ジタバタしたからコピペしちゃうさぁー♪

瑠樺 が生まれた
  【真実】
壱《大切な人の笑顔を見る為》
弐《生と死の儚さを知る為》
参《フォロワーをフォローする為》


咲人 が生まれた
  【真実】
壱《大切な人に愛される為》
弐《孤独に立ち向かう為》
参《悪を駆逐する為》

http://shindanmaker.com/431086

なんかもう、禿げた。お互いの壱が!あああああ……(*´ q `*)
弐と参もそれぞれ合ってると思う。
ツイッターの診断って、時々吃驚するほど求めている萌えに合う結果が出たりするよね。
RS、大好きです❤早く結婚すれば良いと思います。


昨日、大雪の所為か停電に見舞われた管理人宅です。栃木県北は、結構な大停電だったんだよ。瞬停が何度かあった後、昼間の10時45分頃から夜22時頃までずっと停電。地震の時を思い出した。
管理人宅は、ガスはプロパンだし、暖房は石油ストーブ。だから、空腹や寒さに耐え忍ぶってほどじゃなかったんだけど、やっぱ夜は電気無いと不便ね。懐中電灯で本を読むと目が本当に痛い。
あと便座ね。思いっきり座って「おわぁぁぁ~!」と悲鳴を上げた。あの便座の冷たさはツンドラの大地以外の何物でもない。

その後、ママンの悲鳴も二階まで聴こえて来た為、私と同じ目に遭ったようだ。
暫くしてトイレに入った時の事である。扉を開けて大笑い。生理用ナプキンがさ、便座に3枚貼り付いてるんだもの。確かにあれは良い冷え対策だったよ。止血にも使えるし、便座にも貼り付けられるし、何かと重宝するアイテムである。少し多めに買って備蓄しておくと良いわね。

嗚呼、また明日から仕事か(ヽ'ω`)

本日、誕生日です。
歳を取る事をLaputaバーストツアーの時に忘れました。永遠の25歳です。異議や苦情、その他の突っ込みは一切受け付けません(`・ω・´)


( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーン

はい。麺がどんどん年下になって行くね!副長の享年だって超えたりするよね!私、そんな事気になんかしていないぜ?


部署異動後、条件等が色々向上した為(つまり責任も重くなったわけだ)、有休とは別に誕生日休暇なるものが発生したのだけど、休んでいる場合じゃなかった(ヽ’ω`)だってさー、今日はファイルの整備しようって事務方のボスが言うからさー、「誕生日なので休みます」なんて言えなかったさぁー。
そして今日も20時まで残業!その上「貼るホッカイロ買ってきて」などというママンからの留守電が携帯に入っており、重い足を引き摺りながらマツキヨへ赴く羽目になる。何故真っ直ぐに帰らせて貰えないのだろうか。22時から爆竹@ニコニコとかあって凄く忙しいのに。良いんだ。金曜日に誕生日休暇取るんだもん。


皆から「おめでとう」のメッセージを頂いて、今年もとても嬉しい誕生日になりました。草臥れていたから余計に皆の優しさが沁みたです。本当に有難う。いつも仲良くしてくださる数少ないフォロワーの皆様も含め、友の皆さんのお蔭で私はなんとか生きていると思います。いかに麺が素敵だろうと、副長が破廉恥な所為で脳内フォモ充しようと、それだけでは生きて行けないのが現実。長らく逢っていなくても、まるで昨日の続きのように話ができる。そういう友が居てくれる事に感謝です。


12月の仙台へ行った後に、ちょっと気になったものだからメアモバ会員にもなってみたりしててね、そこからバースデーメールなどというものが届いたんだよね。会費という名のお金の力でな。
麺が考えているのは確かなのかなと思える文面ではあったものの、ああいうのって定型文なのが普通だろう。それでも定型文とはいえ、十代用・二十代用・三十代用って感じに年代ごとに考えてるの?だとしたら結構マメだよね。瑠樺さんのメッセージに「そろそろおめでたくなくなる年」ってあったから、年代ごとに分けているのかなって思っただけなんだ。

ええ、おめでたくなくなる年かもしれませんが、瑠樺さんのメッセージは「ふんっ!」と思いつつも相当嬉しかったです。すみませんすみませんすみません……(何?)仕事中の昼休みに見たから癒されたんだよ。地味に胸に沁みたんだ。クソー!こんな筈じゃなかったんだけど!
半年後、貴方が同い年になる事を、手を拱いてお待ち致しております。
咲人さんのメッセージが一番ぶっ飛んでいて悩んだんだぜ。一番吃驚したのは新弥さんのメッセージでした。アッ…こんな真っ当な事も言えるんだ!と。
何はともあれ、バースデーメールを有難う。と、ご本人達には直接言えないので此処で言っておく。

有難うでいっぱいの誕生日でした。この一年も、私だけではなく、友や麺にとっても幸多き日々が沢山だと良い。そう思っています。

先日の新年会でも話題になった“あの丘”。『あの丘について語るスレ』というのが、昔2chにあった事をご存じだろうか。
自分の他にも『あの丘』の事を気にしている人が結構居るんだなと、あのスレを見付けた時は盛大に吹いたのを思い出す。ヴィジュアル系の曲に頻繁に登場する『あの丘』とは一体なんなのか。


語る事は、実はそんなに多くなかったからなのか、スレが落ちて(?)見れなくなってしまい、とても寂しい思いをした。2chもサーバ移転とか色々あったので、もうどこにも残ってないかなと、あまり期待もせずにググったところ!なんと!過去ログを集めていてくれるサイト内で発見したよ、『あの丘について語るスレ』。H広告盛々なので、閲覧は若干注意が必要だけど、残しておいてくれて本当に有難う。
因みに 此 処 。


改めて読み返してみると、丘の文字がへーベルハウスやアイロンに見えてくるとかwクソ吹くわ。丘オムニバスとかさ!腹が捩れて堪らん。私も丘オムニバス作ろうかな。
真面目な話も勿論あった。あの丘スレ内の222さんや262さんが言っているキリストが処せられたゴルゴダの丘での復活・再来との関係から、「再会」や「約束」、麺それぞれが思う「思い出の場所」 が心情風景としての「あの丘」になったという説。これが一番しっくり来るな。
中には、「なぜ『丘』をうたう歌謡曲がたくさんつくられてきたのか」という本を図書館で見つけてしまい、実際に借りてしまう奴まで現れる。密林で検索したら本当にあった。私も読みたい。買ってみようかな。


私にとっての『あの丘』は、最近出逢った。八重の桜ツアーで行った、あの桜の樹があった場所である。
あれは丘で良いと思うんだ。


桜舞い散るあの丘で 二人交わした約束


大体そんな感じ。大河も無事に放送が終わり、千本松牧場でのバスツアーも終わってしまっているので、普段は立入禁止のあの丘へはもう二度と行けないのだろう。嗚呼、『あの丘』っぽくなってきた。

明けましておめでとうございます。本年も、のらりくらりダルダルなこの場所ではありますが、まったりと生温かい目でお付き合い頂けたらと思います。
薄桜鬼で二次元塗れになってからというもの、バンドの方はすっかり隠居ギャに成り下がったと、もう落ち着いたのだと、そう思っていました。
ある日突然覚醒の歌が聴こえてきたり、我が体内の廃人が目覚めたりする。それがバンギャ。
言いたい事は、メアの仙台楽し過ぎて思い出すと色々な意味で震えるという事。
そして、また何時かは、ああいう想いをしなければならないのだろうかと悩み始めている。Versaillesとかちょいちょい好きだったバンドならば、解散や脱退の傷は浅くて済む。本命盤解散のダメージって、なんであんなに強力なんだろう。考えただけで恐ろしい。


と、いう事を帰りの電車の中で一人悶々考えていた。
本日は、毎年宇都宮ミスドで行われている新年会だったんだ。貯まったSuicaポイント交換したかったから、友との待ち合わせ時間よりも少し早めに着くように出掛けた。
ポイント交換も済んで、時間もまだあるし駅ビル内を物色していた私。OZOCで気に入った赤のTシャツをお買い上げである。
其処へまだ時間前にもかかわらず到着した友からのメールが……

“ミスド無くなってる?”

なんだってぇぇぇーーー!我々のミスドが!OZOCで買い物している場合じゃなかった。一目散に友の元へ。
駅前ミスドは本当に無かった……閉店だなんて聴いてないよ。不動産屋のminiminiになっていた。部屋探しは特に必要性を感じていない。
ライヴの度に、新年会に忘年会の度に、駅前ミスドは何時だって我々を温かく迎えてくれた。「こいつら、何時になったら帰るんだろう」そんな風に思われた事もきっとあったね。でも、一度だって追い出されたりしなかった(注文もそれなりにちゃんとしたからな)。嗚呼……我々の思い出がみっちり詰まっているミスドが(´・ω:;.:…


無い物は仕方ない。駅1Fにいつの間にか出来ていたPRONTOカフェで新年会スタート。
昨日から日本酒摂取で駄目人間化していた私。このカフェで日本酒を一杯目無料で配っているのを知ってしまう。手には黒糖ミルクコーヒーと日本酒。今日も駄目人間だぜ_|\○_ヒャッ ε=\_○ノ ホーウ!!とても美味しい日本酒でした。一升瓶で欲しいぐらいである。
酒の話は置いておくとして、集まった皆で談義される事は、傷の治りが遅くなったとか(また?)“あの丘”についてとか……覚えきれない。久しぶりにガッツリとバンドの話したわ。
あとは、やはりアレだろう。ラピュータ解散から今年で10年という事実。私は新年会前の年末に気付いて衝撃を受けた。マジで震えた。10年って……こんなに早く経つものなの?
そんなメモリアルな今年は、おっさん生誕祭へ行こうという方向で私もおります。……多分ね。爆竹兄さんの宇都宮と被ったりしなければ。


最終的に出た結論は、10年経てば年も取ると。キラキラ感が無くなってきたけど枯れる一方じゃいかんと。その為には、麺にトキメキを感じろと。そういう事です。まあ、例え周囲から見て怠そうだったとしても、トキメキは相当大事だね。トキメキを感じる矛先が、彼氏ではなく麺で良いのかよ。という突っ込みは控えてください。
今から『4月に着る服どうしようかな』なんて考えているのだから、トキメキはそれなりに感じているのかもしれない。アルゴンキン、まだ着ても平気かな?(←年齢的に)と、友に訊いてみたり。私信ですが、帰ってきてから例のアルゴンキンは買いました。画面で見るよりお気に入りです。着るの楽しみ。網タイツも買わないとな。おっさんだって、バーストツアーでアルゴンキンを着たんだ。私だって!┐(´∀`)┌ヤレヤレ


新年会、楽しかったな。もっと沢山逢えれば良いのに。やはりパレドール奈落とか、クランチループビルディングとか、必要だと思うんだ。

家の近所に千本松牧場というのがあるのだが、今年の大河ドラマ『八重の桜』の番組展とロケ地バスツアーが其処で開催されています。
近所とは言っても、車じゃないと行くのはしんどいが、それでも10分かかるかどうかぐらいの距離なのでね。寒くならない内にと、ママンと一緒行って参りました。
番組展等の詳細は、下のリンクからどうぞ。今年の12月29日までやってるようですが、12月は止めた方が良いな……此処の冬の寒さは結構侮れないので。

開催概要ロケ地ツアー案内


◆番組展

入り口の具合はこんな感じ。番組展は凄くこじんまりです。八重さんと頼母様の着物が展示されているぐらい。ドラマで使う紋付き袴の家紋って、アイロンで貼り付けるみたいな感じなんだね。知らなかった。
バスツアーのバスは、此処のバス停から出ます。


◆バスツアー
この日のこの時間帯は、我々親子と他に女性客がお一人居ただけで凄く空いていた。一日に何度か往復しているので、時間帯によってはそういう事もあるのね。人混み嫌いな私としては嬉しい限りの空き具合でした。

ロケ地へ辿り着くまでに、この牧場の売りである牛さんの所へ。
肉よりは乳製品がメインの牧場ですから、雌牛さんはホルスタインばかり。仔牛も居てさ、凄く可愛かった~(*´ω`*)
私は今日まで知らなかった真実に驚愕した。ホルスタインもお乳を出す仕事が終われば、肉になるのだという……おぉぅ( ;∀;)乳牛なら命は安泰だなんてずっと思っていました。ショック!こんなに可愛い子達が……まぁ、出されれば食べるけどさ。捨てる方がもっと可哀想だからな。

ホルスタインショックの後は、牧場の奥の奥へとバスは進んで行く。
幼い頃からよく来ていた牧場だけれど、ここまで広大な敷地を所有しているとは思わなかったな。一般市民が知っている牧場は、本当に表の方だけなんだろうね。
奥の方は立入禁止の看板があったし、一般車両は勿論入れない。こういう機会が無いと見る事はなかった牧場の姿です。あと、何気に熊が出るらしい。生命のシンフォニー~♪襲って来なければ熊も可愛いのになー。

牧場の奥深く、『八重の桜』ロケ地への到着です。
この細く長く伸びる道は、容保公が会津へ入られた際の場面とか吉田松陰が凧揚げしながら走ったりした場面にと、登場する機会も多かった所。TVで観る方が道は広く見えたな。



八重さんと尚之助様の出逢った場所。メインの桜の木。これ、実は作り物です。満開の桜はCGという事だね。パッと見じゃ全然解らないけれど、よく見てみるとネジが見えたりする。あと、木肌を叩いてみるとね、ああ!って。音が本物の木じゃなかった。因みに、高さ7m・幹回り2mあり、製作期間は一ヶ月ぐらい。そしてお値段は…700万円だっけ?500万だったかな…忘れた。どちらかだったと思う。
   


これは桜の木の反対側。撮影中は此処に御堂があったんだよ。もう持ち帰ってしまったらしい。
 


此処は中野竹子様が戦死なさった時の撮影場所。
 


以上。
舞台が京都へ移ってからは、此処はあまり出て来ないだろうけれど、OPで「那須塩原市」の文字があった時はここら界隈が撮影場所だろう。地元がドラマに映ってるって、なんだか嬉しい。
地元の八重の桜ツアー、行って良かったです。

歳三故郷ツアー@土方歳三資料館編の続きです。


資料館の後は石田寺・とうかん森へ。資料館で『石田マップ』という地図を用意してくださっているので、初めての方も安心です。その地図を見ると日野高校というのが近くにあるのか……近いって言っても、わりと歩くだろうけど。妄想スイッチが入ってしまうね、日野高校。日野高校が近くにあるのに近藤さんと同じ高校へ行きたくて新宿まで出ちゃう歳三とか。
そういえば、SSLがとうとう出るんだったわ。ネタとしては楽しめるんだろうけど、SSLなんてものは求めていないんだ。だって、欲しいのはBLだもの。Sweet Boys Loveっていうの、ずっと待っています。おまけのままで良いんじゃないの?という気持ちはありつつ、なんだかんだ言っても出れば買うとは思う。

◆◆◆

本題に入らねば。
資料館の門を出たら左へ……地図は回しながら見ないと感覚が掴めない女でございます。
目印の不動産屋さんを曲がって少し行った辺りで、女性に声を掛けられました。
「石田寺へ行かれるんですよね?良かったら一緒に行きませんか?」と。
多分、お互いにソワソワしていたんだと思う。“お?この人、資料館に居たな。お寺行くんだよね?ご一緒にどうですかと言おうか言うまいか……”と。
そういう経緯で、二人で副長について熱く語りながらお寺へ向かう。

石田寺のお写真は撮って来ませんでした。出版する本に載せる目的で、プロのカメラマンが撮るというのは別な話ですけれども、お墓は写真におさめるものじゃない。というのが私の個人的な思想です。お寺の門ぐらいは撮って来ても良かったかなと、後から思いましたが。
翌日が副長の命日という事で、然程混み合ってはおりませんでしたが、それでもチラホラと墓所に訪れる方はいらっしゃる。

自宅から線香を持参していたので、先程の女性と一緒にあげてきました。火をつける時にさ、わりと風が強く吹いていてねー、激しい炎上っぷりの線香でした。あれかな、副長ってば、怒ってるの?私がいつも腐った事ばかり妄想しているからでしょうか。本当に本当に、大変申し訳ございません。と、線香の火で火傷しそうになりながらお参りしてきた次第でございます。
ところで、遺髪は……本当に埋葬されているのかな。因みに、副長の墓所ですが、ちゃんと矢印看板が出ているので行けばすぐに分かります。

◆◆◆

石田寺を後にし、とうかん森へ。此処は、よく周りを見て歩かないと迷うかも。
説明書きのお写真を載せておきます。サムネをクリックして頂ければ、文字を読む事が可能な大きさになっております。



全貌は下のお写真。説明書きにもあるように、昔はもっとこんもりしていたそうです。
今は切り株になってしまっているけれど、その大きさを見れば、立派な樹であった事が伺えます。現存している樹も、ちょっと危ないかもしれないなと心配になる感じでしたが、できるだけ長生きして欲しいよね。



当時はもっとこんもりしていたこの場所で、歳三さんは遊んだんだなぁ(*´∀`*)この樹に上ってみたりしたのでしょうか。
お堂に手を合わせて、幕末から現代へと帰る時間である。

◆◆◆

突然強行した歳三故郷ツアーは、本当に楽しかった。また是非とも来たいです。
今回は日野宿本陣とかまでは行けなかったけど、そちらも近々ちゃんと行けるようにしたい所存であります。一泊ぐらいしてさ、ゆっくり見て回りたい。

歳三故郷ツアーが済んだ後は、突然東京行きを決めたにもかかわらず、そんな私に合わせて友二人が合流してくれたのでお茶を。いつも有難う(´ДÅ) また兼定見に行く時は、一緒に行きましょうかね。
三人で話した内容で覚えている事は、「最近、傷の治りが遅くなった」とかいう年波が寄ってきた話だなんて……

10日に決行した、歳三故郷ツアー@高幡不動尊編の続きです。本記事は土方歳三資料館編でございます。

あれがモノレールの窓から見えた看板だ!ああ、そういえば4月上旬の頃、先代館長さんがごみ問題デモに参加しているのをTVで見たわ。大変そうだなとしみじみ見た記憶が……どうにか上手い事片が付くと良いのですが。

 前方にわんこ発見!白丸の辺り→ 

追いつけるかな(U^ω^)と先を急ぐ(犬の為に)。歳三資料館の方へ曲がる角を、ほんの少しだけ通り過ぎる。すると其処は動物病院であった。先程の柴わんこがおじいちゃんに連れられて佇んでおりました。緑地に白の唐草模様のバンダナをしてるんだよ❤可愛過ぎる(*´ω`*)「撫でても良いでしょうか?」とお伺いしたところ、快く了承くださったのでもふもふさせて貰った♪随分と人懐っこい子でペロペロ攻めに。嗚呼、幸せ~(*´∀`*)因みに、名前は太郎さんと言うらしい。流石に写真を撮っても良いかどうかまでは訊けず、暫し太郎さんに遊んで貰うだけに止めてさよならした。


遂に到着の土方歳三資料館!本当に一般家庭のご自宅敷地内でした。色々な所に載っているお写真通り。高幡不動とかにも売っていた饅頭系を売りに来ているおばちゃんがいらしたのは吃驚したけどね。
平日で開館したばかりの時間という事もあり、大混雑という事はなかったけれど、それなりに人は入っておりました。
土方家ご自宅の一室なので、資料館自体は決して大きくはないし、博物館のように膨大な展示数を誇るわけではないけれど内容がとても濃いのです。展示内容で印象に残っているものについて記しておきます。

◆◆◆

先ずは、歳三さんのお祖父さんの絵道具。館長さんがやってらっしゃる資料館のブログに出てきた事があるので、そちらでお道具内容の感じは解かると思います→【 http://ameblo.jp/hogyoku/entry-10043971855.html 】浅黄色の絵具がね、綺麗だったんだよ。資料館のブログにあるお写真のように、ちゃんと色が解かるように展示してくださっているので、今後行く機会のある方は是非その辺りも楽しんでみると良いのではないでしょうか。
浅黄色の羽織を一番美味く描いてる人は、私はヨネさんだと思うよ。新選組の絵やドラマを色々見てきてはいるけれど、結構みんな青過ぎる感じがしてたから、あれを最初に見た時は嬉しかったのを覚えている。

◆◆◆

さあさあ、次は句集でございますよ。感無量だ。
豊玉発句集の原本の隣には、楷書のパネルが一緒に展示してあるので見易いです。
句集についてはずっと気になっていた事がありました。これについても資料館ブログに載っているので、先ずはそちらを見てみてください→【 http://ameblo.jp/hogyoku/entry-10484266380.html 】
当日記でも2010年の5月に触れた事があるのだが、草と鶯の件はその後どうなったのか、館長さんに訊いて参りました。
楷書パネルも『草』ではなく『鶯』になっていますが『春の草 五色までは 覚えけり』『春の鶯(読み方:おう) 五色までは 覚えけり』で決まりなのでしょうかと。
結論から言うと、どちらでも良いのだそうです。ただ、楷書パネルが『草』から『鶯』に直されたところを見ると、館長さんとしても『鶯』を希望なのかなという事が伺えます。ブログでも草じゃなかったって仰っているぐらいだし。

結論だけじゃなんなので、伺ったお話を掻い摘んで書いておこう。
季語の観点から見ると『鶯』ではないのでは。と仰る俳人さんがいらっしゃったそうです。何故なら、『鶯』というのは既に春の季語なのに、『春の鶯』とはおかしいとの事で。その俳人さんが仰っていた事について館長さんは、今の俳句の決まり事ではそうなのだろうけれど、それが150年前も全く同じだったかどうかは疑問だと。昔は、漢字も音が合ってさえいれば字の形は関係なかった部分もあったし。とも仰っていました。新選組と新撰組の両方を近藤さんだって使っていたものね。薄桜鬼での新撰組は羅刹隊ですがね。

因みに、私が持っている豊玉発句集の全評釈(土方歳三 新選組の組織者/2002年初版…)によると、『春の草』の草は春に萌え出た草の事であり、七草の事ではないと書いてあるんだよ……まあ、結局何が正しいとかは本当にどうでも良いのかもしれない。全ての時代で春の草が七草の事じゃなかったかも解らないし、解釈の違いでどうとでも言えるからな。
館長さんが「どちらでも良い」と仰ったのは、歳三さんも楽しんで発句をしたのだから、受け取る側も好きに楽しんで良いんじゃないかなという事なんです。だから、自分なりにぐだぐだと意味を考えてみたりすれば良いんだと思います。

◆◆◆

次は副長の天然理心流中極意目録について。発行は文久二年九月。発行人は近藤さんです。
昔は、副長の天然理心流の腕前については「不明」とされる事もあったけれど(土方歳三 新選組の組織者でもそう書いてある)最近の書籍では、土方歳三の目録としての写真がよく載っている。大抵は、左半分が丸まったままで。理由は土方歳三殿と書いていないからなのか、単に横長過ぎて収まりが悪いからなのか、その辺は解からないけどさ。
その左半分が資料館では見られます。○○殿っていうのが左半分に書いてあるのだけど、宛名の名前の部分が剥ぎ取られ「土方義昌 殿」になっている(*´ Д`*)ハアハア❤
官軍に追われる立場となった戊辰の新選組。彼らは官軍にとっては逆賊なので、ご実家や佐藤家でも副長に関するものを隠して、土方歳三の名前が人の目に触れないようにしていた時期があったのだが、この目録も漏れなく隠蔽の対象となったわけだ。その際に、副長のお兄さんで土方家当主の隼人さんが、名前の部分を剥ぎ取り、上から紙を張り付けて「土方義昌」としたのだそうです。実名を伏せたまま、現代まで残されたこの目録。 義 昌 (*´ q `*) 土方義昌の名を見た時、私の胸は苦し過ぎてもう……隼人さんが良い仕事をし過ぎなのです。副長の諱である義豊の義と近藤さんの諱の昌宜の昌から取ったものでは…なんていう説明書きまでございました。うぉぉぉん(´ДÅ)❤
副長の近藤さんへの愛は、傍から見ても明らかだったという事をあらためて思い知った。

◆◆◆

本日のメイン、和泉守兼定。
そもそも日本刀を実際に見るのは初めてだったのです。写真でしか見た事のなかった兼定が今目の前に。感無量過ぎる。朱い鞘に鳳凰と牡丹。美しく輝く刀身。鍔の七夕図……見に来て良かった。
刀身の尖端というのは、本当に刺さるんだね。だから刀なんだけどさ。あの尖端を見たら時代劇の「ズブッ」っていう擬音が脳内を過るわ。幾人の血を吸ってきたのか、兼定よ。
何回も兼定の前に行って見てしまった……(*´σー`)資料館の中を何周かしたという事です。ちょいちょい来られるわけじゃないからさ、そりゃあ必死にもなるんだよ。

鞘が何故朱だったのか。それと描かれている鳳凰と牡丹の意味ってうのをね、とことん掘り下げて考えた結果、大変萌える真実が隠されているのではないかというのを某薄い本で拝見した事があるのですが、それを踏まえた上で兼定を見ると……刀の前でも一人で脳内ジタバタを。平気な顔をしているのが辛かったです。副長が萌える男なのがイケナイんだー(*´ q `*)

真面目な話もしよう。柄巻部の擦れ感が激しかった。この握り癖による擦り切れがそのまま残っているので、今にも副長が現れて刀を手にするんじゃないか。そんな風に思えてくる。きっと兼定には副長の魂が今もこもっているんだろう。“魂は東の君やまもらむ”なんだよ。
もっと詳しい解説は、『會津十一代 和泉守兼定』という本の38Pに載っています。歳三資料館で売ってるYO!資料館の通販でも売っているので、気になる方は求めてみると良いのではないでしょうか。写真はモノクロだけど、なかなか良い本だと思います。この本の収益は、兼定さんの故郷である福島県へ全額寄付されるそうです。
真面目な話が三行で終わってるな……残りは本の話だしな。管理人の“真面目”なんて、所詮そんなものです。

これほどまでの美しさを保つには手入れが大変だろうな。錆びたりするものね。それにしても、市村君は本当によくぞ無事に日野まで辿り着き、そしてこれらの遺品を持ち帰ってくれたと、感謝の想いでいっぱいだ。

◆◆◆

資料館正面の梁について。
幕末の頃のままだったご実家も平成二年に建替え。建替え前のお家の大黒柱等は、資料館正面の梁や柱に生かしてくださっています。資料館の外は写真に撮っても良いとの事でしたので梁の写真を。
矢印の辺りかな?と思うんだ。その辺りが、歳三さんが相撲の練習をした辺りなのだそうです。彼の身長を考えると、手はその辺りに来るのではとの事で。副長の身長は168㎝~170㎝ぐらい。当時の日本人男性としては結構大きい方です。



どすこい張り手の練習だっけ……どの本で読んだのか忘れたな。受付の女性の方(緑Tシャツの方)が「触って行ったら?」と、皆に仰ってくださったので、私もさわさわしてきた~(*´ω`*)

◆◆◆

上のお写真で、受付の方がいらっしゃる所の壁の裏側には、近藤さんと副長の天然理心流の木刀のレプリカが置いてあり(副長の木刀の実物は資料館内に展示してある)、断りを入れれば誰でも手に持って写真を撮ったりする事ができます。写真は撮るタイミングを逃してしまったけれど、手に持って重さを体感はして参りました。
このレプリカは、形は然る事ながら、重さも実際の物と同じだそうです。女性でも木刀を持って構える事は難しくないけど、振り下ろすのは止めた方が良いかなと思う。振り下ろしたら、そのまま地面を引っ叩いてしまいそうな重さだから。これが刀の重さってやつですね。剣道をやっているような人であれば、頃合いの所で止める事ができるのだろうけど、そうでない人は持ってみる程度にしておいた方が良さそうです。

この木刀がある場所の直ぐ脇に、あの矢竹が植わっておりました。矢竹だけでは色々な所に載っているお写真と同じになってしまうので、薬屋の旗と共に……

  

この旗、良いね。これの手拭とか無いのかな?あれば可愛いのに。
矢竹が今もこうして生い茂っているのを見ると不思議な気持ちになるなぁ。兼定の時と同じで、後ろから「これ、俺が植えたんだぜ」とか言って顔出しそうだもの。
実家だから、なのでしょうかね。今も其処に居そう、そんな気配がするのは。

◆◆◆

博物館などであれば、設備も整っているから展示や保存もプロがやるわけだけど、副長のご実家や佐藤家に源さんの所等、個人蔵の物は本当に大変なご苦労があると思います。
そして藤田家も忘れてはならない。この間ヒストリアで見た、斎藤さんが容保公から頂いたという歌がさ、書いてある和紙に染み一つ無いのでは。というほど綺麗に保存されているのを見て嬉しかったなぁ。先祖を誇りに想う気持ちが無いと出来ない事です。
新選組の事ばかりではなく、歴史を語る物達を大切に保存し、後世に伝えてくれる方々の存在は有難いなんてものじゃない。

土方歳三資料館にお邪魔できて本当に良かった。感無量の一言に尽きる。また兼定公開の時期に来られたら良いな。
資料館編が思いの外長くなってしまったので、石田寺・とうかん森の事は次の記事にします。


10日に兼定を見に日野まで行ってきたので、その思い出アルバムを残します。
拙い写真ばかりなので見苦しくてもご勘弁を。

9日の夜は寝たのが一時を過ぎてしまい、それで5時起きはしんどかった。よく起きられたなと思う。
まあ、やればできる子なのでね。一人で行くから遅刻しても誰の迷惑にもならないけれど、大宮からの「むさしの号」っていう電車に乗れないと色々な予定が全て狂う為、何が何でも起きた。

地元駅を予定通り出発。睡魔に負けながら大宮で乗り換え。車内アナウンスで「むさしの号」の事が案内されなかったから改札まで訊きに行ってしまった。そうしたら、降りたホームの向かい側に停まっていたのが「むさしの号」だったという……。乗り換え時間が10分ぐらいあって助かった。
「むさしの号」で立川まで行き、ちょっと歩いて多摩モノレール立川北駅へ。万願寺と高幡不動の駅名が載った路線図に、無暗に感動を覚える。

歳三資料館は12時からしかやっていないので、その前に高幡不動へ。歳三資料館のある万願寺駅を出ると、資料館の大きな看板が見えた。あれは、迷わなくて良いね!そして、多摩川が本当に近い。この距離なら、出水で家が流される事もあるだろう。多摩川で遊んだんだろうなぁと川面を眺めていたら高幡不動に到着。
高幡不動の駅にはこんなスペースがありました。土地の人々に愛されているなぁ(*´ω`*)何気に八重さんのポスターまで。

←副長と源さんに挟まれて誠旗


駅の外へ出ると、高幡不動の参道入り口のこの門が見えるので、初めて行く人にも解り易い。

←遠くからでも「あれがそうだな」と直ぐにわかる。


てくてく数分歩いて行くと高幡不動尊の仁王門が見えてきた!
ヌッツォのらーらーらーららららー♪が脳内を駆け巡る。「組!」のOPの切り絵のまんまだー。
写真じゃ解かり辛いけれど、仁王様が左右にいらっしゃいます。

 門をくぐる時に上を見上げると→ 

門の中へ入り、お線香をあげる所があったので、私もあげて参りました。お線香代は一束百円です。
入って最初のお堂では法要中。東日本大震災のかな?お坊様達が読経中でした。


次は奥殿。工事中かい?とスルーしてきてしまったのだが、本当に工事中なのは建物の手前だけで、脇の階段から中へは入れたのではないだろうか。と、いう事に気付いたのは、帰って来てからこの写真を眺めていた時であった……なんて事なの、私ってば。



更に奥へと進む途中に、小さなヤモリさんを見かけたりもした。青いヤモリなんているんですね。
あまりヤモリに遭遇する機会もないんだけど、自宅近くの神社には結構いるらしい。知らなかった。


暑さにヒーヒー言いながら歩いて大日堂へ。
此処では黒鉄ヒロシさんの「新選組歴画展」が開かれており、素敵な作品がお堂内の一室に展示されておりました。近藤・土方両氏だけでなく、隊士切腹の場面や伊東甲子太郎に容保君等が描かれている作品もあって、数はそんなに多くなかったけれど楽しかったです。
鳴り竜の墨絵(天井画)これもなかなかの迫力で良い絵でございました。ここで説明書き通りに願い事をすると叶うらしい。
因みに大日堂へ入っていく門はこんな感じ。門の右側にあるように、お茶室がある。この日は実際にお茶会が開かれていたようで、お着物姿の方々がお茶室に居るのが見えた。



こちらには、ご位牌がずらりと並べられている場所があって、最前列には近藤さん・源さん・総司のご位牌、そして副長のご位牌がございました。近藤さんと副長はお写真も。他の新選組隊士のご位牌もあったのかもしれないけれど、私にはその4名しかわからなかった。だって、本当に沢山あるんだよ。
自然と手を合わせるよね……こう、こみ上げるものがあってね。厳粛な気持ちになり過ぎて、うるっときてしまった。

大日堂の中は本当に涼しいんだ。お寺とか神社のあの空気って違うね。俗世じゃないんだね。そういうところ、凄いと思うよ。ご位牌などがある所の入り口には、このようなものも……

 真上の様子は→ 

あんよ。これの意味を誰かに訊いて来ればよかった。なんだかわからないけど撮ったから載せる。


主に高幡不動の右側を見て参りました。此処ね、思いの外広いんだわ。全部ちゃんと見ようと思ったら、三時間ぐらいかかるかな。私の場合、奥殿を見るのを忘れていても、右側だけで一時間ちょっとはかかっているはず。結構足腰にきます。お出かけの際はスニーカー推奨。新宿御苑を思い出すぜ……あそこよりは狭いと思うけどさ。


高幡不動尊締めの一枚はやはりこれ。まあ、散々資料などにも載っている銅像と碑です。プロのカメラマンが撮った写真の方が遥かに良いんだけどさ、己の日記に載せるには、己で撮った写真が必要だから。



お土産屋さんも総門の近くにあったので寄ってみました。おじちゃんとお姉さんに大変良くして頂きました。お茶とか本当にごちそう様です。おじちゃんなんかさ、甥っ子の事のように副長の話をすんだよね。
皆に大切にされている副長。本当に地元の誇りなのだろう。
このお土産屋さんで話し込んでしまい、更にアイス食べてみたりしていたら時間が……
おじちゃんもお姉さんも、どうかお元気で。お世話様でした。また来ますね。


次回記事では、歳三故郷ツアー@土方歳三資料館・石田寺・とうかん森編をお届けします。
新暦では、一応今日が副長命日ですね。最初、お誕生日おめでとうとか書いちゃってご免なさい。あまりにも疲れてて間違った……。それにしても、おめでとうを言ったら直ぐにご冥福を祈らなきゃならないなんて(´ДÅ)
旧暦の時代の方なので、6月にお祝いしたりご冥福を祈ったりする方が理に適っている感じもしますが、まあ、一ヶ月間は歳三月間って事で。

5月8日の朝、通勤の為に車を走らせていた時の事である。信号待ちでふっと空を見た。

何、あの巨大な笹かまぼこみたいな雲!YABEEEEE!!

地震雲というものを100%信じているわけじゃないけれど、0%ではないと思っている。あまりにも異様な雲だった所為か、地震雲掲示板でも話題になったらしい。

あんな雲を見てしまい、私はその日考えていた。“もし、本当に巨大地震が来て交通網が麻痺してしまったら、兼定はいつ見に行けるんだろう……”と。
今日の朝、おっさんに明日の有給休暇申請をする。月末月初でない限りは、大方許可が出るのだが、うん……突然言ってごめんね、おっさん。嫌な顔一つせずに承認頂き感謝です。おっさんも突然「疲れたから午後帰るね」って言うんだから、お互い様って事で納得してくれ。次に何処かへ出掛ける時は、ちゃんと前もって計画して言うよ。

ずっと兼定を見に行こうと思っていたとはいえ、そういう馬鹿馬鹿しい理由で歳三故郷ツアーの決行に至った管理人です。彦五郎さんや源さんの資料館も行きたかったけれど、時間的に無理なのでね……足腰が悲鳴を上げたりもするし。日野駅周辺はまたの機会にします。
5月11日に行けば、日野新選組祭や歳三忌に新選組隊士総慰霊法要等にも触れられたのだけど、人混みで具合が悪くなったりする事もわりとあるので、10日に行く事にしました。兼定も初めてだからじっくり見たいし。

るるぶ薄桜鬼は持って行けないな。でかいし、重いし、色々と辛い。食べ物屋さん情報が多過ぎるわ。宿や食べ物屋の事なんてどうだっていいんだよ。旅先で必要になる情報じゃない。重要なのは史跡だもの。
この間買った資料の綴じ込み付録を持って行こう。凄く薄いし簡潔な内容なんだけど、重要なところは押さえてある優れものです。

明日は6時半の電車に乗らねばならない。眠たい……兼定の為だ、頑張る。
これから、電車の下調べと、資料館で訊きたい事があるから内容をまとめないと。混んでたら訊けないかな……訊く余裕がある事を願う。

黎明録、ようやく終わった。GWの使命は果たした。「薄桜鬼 黎明録」のタイトルコールさ、千鶴パパもしているんだねwあのもっさりした語り口、怖いです。島田さんや源さんもしていて嬉しい。全声優さんでやってるっぽい。

先日の連休は襟巻まで終わっていた黎明録。この連休では小鈴→総司→副長→芹沢の順に進み、昨日で無事にフルコンプを果たす。
結論から言うと、イマイチな気分になって終わった。ゲームという原作あってのアニメではあるけれど、副長・芹沢ルートをやってしまうとアニメの方をお勧めしたい。話を楽しむという点においてアニメには無駄がなく、各ルートの良いところを上手く纏める力と歴史ファンへの配慮も勝っている為だ。

黎明録の総評としては、反抗期の子供(総司)とそれに悪影響を及ぼす近所の先輩(鴨)に手を焼いた近土夫妻の物語って感じ。と、いうのは冗談だが、間違ってもいないかな。真面目な話もすると、タイトル通り新選組の黎明。本当に良いタイトルを付けたと思う。新選組の鬼と剣の誕生物語と言う点において重要な作品。余計なシーンを入れなければ薄桜鬼シリーズ最高傑作になったかもしれない。それでもやっぱりアニメの方が良いけど。無印・随想録についてもアニメの方を私はお勧めする。原作の方がイマイチっていう作品も、私の中ではかなり稀。ゲームは副長ルート以外に興味がある人と絵を楽しみたい人向けだ。

何が余計だったかというと、副長・芹沢ルートの終章ね。それがあるが故に興醒めしてしまう。副長ルートは、こちらに背を向けて夕日に刀を突き出している、あのCGの場面で終わるから良いのであって、その先は我々が想像して楽しむところ。もっと言うと、副長の戦死で新選組が、戊辰が終わるわけだ。そこにラストサムライとしての美学がある。千鶴を孕ませている場合ではございません。地下の近藤さんと幸せになるのが貴方の使命なのよ!言いたいのは結局そういう事なんだよ。
千鶴に関しては、元々沖田ルートの千鶴が一番好きなので、沖田ルートの終章はわりと楽しかった。

芹沢ルートに関しては、龍之介が芹沢さんに傾倒し過ぎだなと。芹沢さんを助けたい気持ちになるのは良いんだ。それは無いと駄目だと思う。ただ、あそこまで芹沢派的な感じになってしまうとイマイチだな……かといって、近藤派でも違うだろうけど。龍之介には、芹沢ルートの中でも公平な立場と気持ちで居て欲しかったと思う。
そしてあの終章ね……副長ルートよりもがっかりしたな。芹沢さんが夢枕に立った場面で最後の最後に「龍之介」と呼ぶのは感動を覚えたんだ(アニメの最終回で「生きろ、犬」が「生きろ、龍之介」でも良かったかもしれないね)。新選組の終焉を見届ける部分はあって良いと思う。だが、芹沢鴨の意図を一から十まで説明すんなと。そこは敢えて言わなくても解かる部分だし、台詞としてきっちり言葉にされると興が醒める。一番嫌だったのは「俺が、浪士組の為に命を捨てたという事を知っているのに」と芹沢さんに言わせてしまったところだね。あれ、本当に本当にがっかりなんてものじゃなかったわ。悪役のまま舞台を降りた芹沢さんが台無しだよ。美学もクソも無い。あの台詞一つで薄桜鬼における芹沢鴨の存在理由が無意味になるレベル。

もう一つは、余計ではなくて足りないところ。
「元々、徳川家と縁も所縁もなかった新選組の連中が最後まで戦い続けた」っていう台詞を龍之介に言わせるの、あれは無い。多くの新選組隊士にとってはそうなんだけど、近藤・土方両氏にとっては違うんだ。ファンタジー要素以外の部分を史実に則って作り上げている事が解る作品だけに、多摩地区=天領の事は意識して貰いたかったな。そうでないと、何故二人が最期まで旧幕府軍として戦ったのかを理解するのは難しい。私もそれを知るまでは、何でそこまでしたんだろう?と思っていたしね。

イマイチな気分になって終わったとはいっても、楽しかった事は楽しかった。芹沢ルートの九月十六日を迎えた時、先へ進むのが凄く勿体なくて、其処で一旦保存して風呂に入ってみたり……正座して迎えたい場面というかね。一部、台無しになったのは残念だけど、放置しっぱなしにせずにちゃんとやって良かった。
これでも少しは落ち着いて言葉を選んで書いてはいるのだけど、台無しのシーンでは怒り狂った副長並みにイラッとしていたのよ。オホホ。
怒り狂ったで思い出したけど、副長は斎藤さんにも「うるせえ!」って言うんですね。斎藤さんは「副長に“うるせえ”と言われてしまった……」と、しょんぼりするが良い!何故なら、そういう斎藤さんを私が見たいからです。

各ルートの覚書は、気が向いたら書くかな。良い場面と台詞はあったしね。そして、萌えたしね!近土お魚のシーンをいつでも直ぐに再生したいので、PSP版も近い内に買おう。
薄桜鬼充のGWも今日までか……明日から仕事だなんて気の所為だと思う。

今年はそうらしい。蔦谷の歴史本コーナーへ行ったら、表紙にやたらそう書いてあった。
そして、また資料を買ってしまう…二年前ぐらいに発見された近藤さんの書の写真が載っていたんだもの。

資料を見ていて何故か一念発起したんだよ。今年のGWこそはやろう!って。
殆ど買ってあっただけの黎明録……発売日に買ったけど、2010年は色々と駄目な感じでやる余裕が無かったね。鴨が出てくるというので、気合入れて初回限定盤とか買っちゃってさ。わりと特典とか不要な人間なので、通常版を買えば良かったかな…パスケースなんて使わないし。箱も普通で良い。限定盤のパッケージ絵なんて、公式で壁紙配布してるもの。

言うまでもないが、黎明録はまだフルコンプしていないままだったわけだ。アニメを観た後とはいえね…本当に最初の方をチラっとやっただけでゲームの事はすっかり記憶喪失だし、フルコンプどころか、誰一人としてコンプしていない有様。
アニメ黎明録の纏め方があまりにも良かったので、このままやらなくても良いんじゃないかと思っていた事もあったんだ。話を書くのに、ゲームをやってなきゃ書けないって事も全く無いので。実際、初めての薄桜鬼作品は、無印やる前に書いたしな。けど、薄桜鬼が好きだと言っている以上、そういうわけにもいかんだろうと思い直した次第。

そういうわけで、このGWで最初から黎明録をやっているわけなんだ。
今日までに、平助・左之・襟巻。三人終わったー(ヽ'ω`)もう疲れたよ。主人公は少年の方が楽しい。ヘタレだったとしても。GW中に終わるかな。飛び休だしなぁと弱気になったりしない!次回連休は、必ず残りの三人を終わらせる。だって、大佳境だもの。
斎藤ルートのコンプは今日の夕方だった為、沖田ルートに入るかなとも思ったのだが、そこで始めちゃうと寝る寸前までやってしまう事は目に見えている。よって、なんとか我慢。やり始めるまでの腰は非常に重いが、始めてしまえば一気にしてしまいたいんだよね。

黎明録フルコンプしたら、もう一度アニメを観よう。前二作のアニメより、絵も頑張ってくれた感があるしなー。特に山南さん。「組!」もまた観たい。黎明録やってたら、無印ももう一度って気分になった。

今ストーリーブックを見たのだが、小鈴ルートまであったのか……(ヽ’ω`)
小鈴ちゃんは総司の前に終わらせたい。次回連休は、三人ではなく四人終わらせねばならぬようだ。


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